hakobune
渥美半島の日常から
創造と学びを運ぶ暮らしのジャーナル


 
日常の中でふと出会った事柄、人や場所、風景への感動、自然の美しさと神秘。それらは見過ごしてしまえば誰にも語られず、記されもしないほんの一瞬のこと。
でもそこには、無限の創造と学びの可能性が宿っているのではないか思う時があります。

「hakobune」は、渥美半島を中心に東三河と東海地区の文化と風土の探求と「学ぶよろこび」をテーマとし、その暮らしを豊かな未来へと繋げる創造の場であることを目指します。
このささやかな発信が、皆様にとっての地域での暮らしや風景がより豊かなものに感じられ、素敵な出会いのきっかけになることを願います。

「hakobune」は、過去と今、未来を結ぶ時の舟。悲しみと喜びは虹のよう。たくさんの巡り会いと学びをのせて人生を旅する暮らしのジャーナル。
古から伝わる命あるものの継承と、真に価値あるものの在り処を探す旅路へ。

渥美半島に暮らす
 

渥美半島の先端の中山町に生まれ、現在までの大半の人生をこの地で生きている。子供の 頃から眺めていたたくさんのキャベツ畑や夜 の闇に浮かび上がる電照菊のビニールハウス の灯は、他の地域では当たり前の風景ではな いことを最近になって実感するようになった。

三方を海に囲まれた半島内では、車で十数分 も走ればどこにいても潮の香りのする浜辺へと辿り着く。二十代の頃までは、「何もない。」と感じていたこの町に、年を重ねた今は「こ こには全てある。」と感じるのは自分の内側 の変化によるものだろうか。
 
おしゃれなカフェやショッピングモールはな いけれど、四季折々の自然は穏やかで優しく、農作物や魚介類の豊富さと美味しさは日本一 だとさえ思える。人や時間の流れのせわしさ がないので、自分自身と他者にゆっくりと向き合えることに満たされていく。

都会に暮らす人も「陸の孤島」に暮らす人も自分と周囲のことを考え、何を学び、どう生きるかを問い続ける中で私は、「ここにいる。」ことをかけがえのないことと思い、世界に耳を澄まし、大地と風の語りかけをこれからも聞いていたい。

あらきひろみちさんとアトリエ
 
田原市中山町、植物に覆われて悠然と建つドーム型の建物がある。「あらき先 生」と地域の人から呼ばれ、親しまれた高校の美術教師であり美術家の故・あらきひろみちさん(1935-2006)がセル フビルドで建てたコルゲート建築によるアトリエである。教職中から定年後、亡くなる直前まで多くの作品を発表する傍ら、渥美半島をこよなく愛し、地域の文化振興や自然保護などジャンルを超えた創作活動を続けた。

残されている風景画や渥美半島の作家、故・杉浦明平さん (1913-2001)の執筆作品の描いた挿絵は渥美の風土がそのまま表われているような素朴で味わい深さに溢れ、地域の人はその作品を通して地元の風景への愛着を感じる。まさに文化と地域の人との橋渡しをしていたような活動であったと感じる。

「自力更生・独立自主」。アトリエの内部に大きく掲げられた自筆の言葉である。 何でも自分で考え勉強し、自身の手で作ってきた。建築に対する探求もその一部で、 1974 年にはバックミンスター・フラーの構想によるフラードームのアトリエを建て、現在のコルゲートパイプのアトリエは 1995年に建てられた。
 
コルゲート建築
ー楕円と六角形の鉄の家ー
 


アトリエ内部の様子
 

アトリエに残るあらきさん自筆のメモ書き
 
コルゲートパイプの建築・鉄の家を考 案したのは豊橋市在住だった科学者で設備設計家、世界的エンジニアの故・川合 健二さん (1913-1996)。川合さんとあらきさんは30年以上に渡る交流があり、共に科学や、自然と共存する未来のエネルギーシステムなどについて学び合っていた仲間だったとのこと。世界で最初に建てられたコルゲートパイプの家は川合健二さんの自宅であり、異次元の世界からやってきたかのような圧倒的な姿のまま、豊橋市内に静かに建っている。

「コルゲー トパイプ」とは波型の鉄板をボルトで止めて楕円型にしたもので、通常は下水管やトンネル工事などに用いられる。災害 に強く環境に優しく、且つコストがかからない建物や暮らしを、川合さんもあらきさんも全て独学で研究してきた。先人たちの生きた時間が詰まったこのアトリエが今でも私たちを学ばせ、未来へのヒントを語り続けているようだ。

IRAGOブルーベリー
二人の歩みが作るブルーベリー農園

加藤一弘さん 久美子さん 「IRAGO ブルーベリー」田原市中山町

 
農園を始めるきっかけは、名古屋市のとある老舗のケーキショップのブルーベリータルトの美味しさに感動したことだったという。2017年、それまで家業として25年間営んできた菊の栽培農家から、ブルーベリー狩りの出来る農園へと一新した。温暖で野菜や果実の栽培に適している渥美半島では、いちごやメロン狩り農園がシーズン中には賑わいを見せているが、ブルーベリー狩り農園となるとこの地では初のこと。

農業の分野ではまだまだ保守的な気質が根付くこの地で、このように独自な形での農業のあり方はさぞかし試行錯誤の上での挑戦であったと想像したが、「お客さんの顔が見える仕事がしたかった。」とご夫妻は笑顔で語る。スタートして3年、培ってきた技術を活かし、ここまでほぼ独学で栽培方法と農園運営の形を作ってきた。今ではブルーベリーの美味しさに感動するお客さんの声を目の前で聞けることが何よりの楽しみとのこと。

渥美半島の潮風を受けて育つブルーベリーは他と比べても味わいが強く、実がしっかりしていると感じる。現在80種の品種、約1000本をハウスと屋外に分けて栽培し、シーズン中は常時10種類以上の品種の食べ比べが出来る。風味や食感、大きさも様々なたくさんのブルーベリーを摘みながら夢中で食べているうちに「私はこれが好き。」というお気に入りに出会うことになる。

小さなブルーベリーの花、その花言葉は「実りある人生。」これまでもこれからも自分たちの気持ちを信じ、力を合わせて作る夫婦二人の歩みと、ブルーベリーの甘酸っぱい瑞々しさが、渥美の地に新しい「実り」を運んでいる。
「大変なことは何もない。好きでやっていることだから。」と話すご主人の言葉が心に残った。


 
IRRGOブルーベリー
愛知県田原市中山町茶園182
TEL0531-32-1727
営業時間/4月下旬〜8月  9:00〜17:00(要予約)

群言堂
 
島根県、出雲大社から車で約1時間、世界遺産に登録されている石見銀山のある太田市 大森町で、衣・食・住のあり方を追求し、ライフスタイルを発信し続けるブランドショップ「群言堂」に訪れた。運営するのは「株式会 社 石見銀山生活文化研究所」。創業者の松場大吉さん、登美さん夫妻の「日本の昔ながらの美しい生活文化を残していきたい。」という想いと共に、1998年の設立以来、常に進化しながら「根のある暮らし」を伝え、ブランドショップは日本全国に約34店舗を持つまでに発展している。

古民家再生への取り組みや「暮らす宿」、本社として使用する茅葺き屋根の建物「鄙家(ひなや)」が伝える「棲まう」文化など、発信しているのは多角的であるようで「暮らし」という一つの営み。石見銀山を背景とした歴史ある町大森町に溶け込みながら、文化とビジネスが両輪となり静かに、力強く訪れる人を迎えているようだった。

群言堂のweb siteの扉にはこんな言葉が書かれている。
ーこの地に関わる全ての人の幸せと誇りのために私たちは復古創新というモノサシで美しい循環を継続していきます。ー


かつて鉱山町として栄えた大森町の町並み

 

群言堂本店2Fスペース
 

龍源寺間歩(まぶ)の入り口
 

群言堂本店はかつて鉱山町として栄えた「大森町の町並み」の通り沿いにある。松場夫妻が築150年の旧商家を買い取り、役18年の歳月をかけて手を加えて作り上げた空間は、経てきた歳月と人の手によって作られたものの美しさに満ちている。敷地は300坪、1Fにはオリジナルブランドの洋服や暮らしの道具を扱うショップ、カフェ、ギャラリーが広がっている。重厚な木造階段に誘われて2Fに上がるとそこは、セレクトされた本が置かれた読書ルームだった。展示やイベントが行われる場でもあり、静かで凛とした空気に心身を浸し、しばし贅沢な時間を過ごした。

14世紀〜大正時代の約500年以上に渡り、鉱山として機能した石見銀山は、最も繁栄していた江戸時代には20万人もの人がこの地に暮らしていたという。大森町の重要伝統的建造物保存地区に指定されている町並みは武家や商家、代官所跡などの歴史ある建物が今も多く残り、賑わっていた往時の様子を想像しながら散策した。

鉱山遺跡としては、600を超える間歩(坑道が点在しているが、その中でも「龍源寺間歩(まぶ)」は常時公開されている唯一の間歩であり、先人たちの技術や暮らし、歴史を感じることが出来る。

現在、大森町の人口は約400 人。群言堂の松場夫妻は山間の町で、「仕事がないのなら自分で起業する。」という考えで、暮らしと働き方を切り拓いて きた。旅を終え、この遠く離れた大森町の里で感じたメッセ ージを自分の場所に置き換えながら 、今いる場所で出来る、私達の「 根のある暮らし 」を考えてみたい。

群言堂 石見銀山本店
島根県大田市大森町ハ183
TEL 0845-89-0077
http://www.gungendo.co.jp/
 
協力/群言堂

窓を開けて星と語る

hakobuneから紹介する本やアート、文化と学び

このページではhakobune編集のmyoujouが個人的趣味によりご紹介する、最近読んだ本、訪れた展覧会や場所などをご紹介しています。

  
 

 

今回の一冊は「私の献立日記」です。
「今日一日、何を食べるか。」は生きている限りの永遠のテーマです。この本は、女優であり随筆家の沢村貞子(1908-1996)が27年間に渡り、その日作った毎日の献立を記録し続けたもの。始まりは、女優としての多忙な日々の中で「食べることの大切さ」を夫との暮らしを第一とした、生活者としての必要から。そのノートは36冊にも及んだと言います。書かれた献立の中でも主菜よりも付け合わせの方が気になったりします。この先もこの本を側に置いて折に触れて読み返し、「ちゃんと作ってちゃんと食べよう。」と何度でも思うことでしょう。私の料理虎の巻であり、暮らしのお手本となる一冊です。

そして私自身もこの本を読み終えた翌日から、その日の献立を記録し始めました。亡くなられて20年以上を経た今も、現代に生きる私達に「暮らし」を教えてくれています。

「私の献立日記」/ 沢村貞子 著 中央文庫